
新日本プロレスが、金曜8時のゴールデンタイムにテレビ中継されていたあの時代。。
猪木がぐっとあごを引き、ハンセンが吼え、長州が狂気し、古館が絶叫したあの頃。。
全日本プレレスが、土曜夕刻にテレビ中継されていたあの時代。。
鶴田が気合をこめてパンツをあげ、テリーファンクが号泣し、ザ・シークがサーベルをなめ、御大馬場が十六文キックを泰然と決めていたあの頃。。
兄弟間のチャンネル争い(何しろ、新日本プロレスは「金八」やら「太陽にほえろ」やらの裏でしたから)に勝利し、食い入るようにプロレスを見つめていた70年代後半から80年代にかけての英雄達を、イラストにしてお送りいたします!
どうぞ、笑ってくださいませ!
日本プロレスに所属していたジャイアント馬場中心に結成。
旗揚げ戦は1972年10月22日東京の日大講堂。
一貫して「王道の純プロレス」を実践。
馬場が培ったアメリカ(主にNWA)での人脈を生かし、幾多のスター外国人選手を招聘して人気を得た。力道山時代の「日本人レスラー対外国人レスラー」の系譜を受け継いだものだといえる。
新日本プロレスの格闘技路線と比較されるが、アメリカンプロレスの源流を日本に紹介したこと、レスラーの高度な駆け引き、プロレス特有の「受けの美学」を見せたことなどが評価の対象となっている。
1972年1月、日本プロレス選手会を除名されたアントニオ猪木が設立。
同年9月に設立されたジャイアント馬場率いる全日本プロレス(全日)と、男子プロレス界の二大老舗団体として君臨。
「ストロングスタイル」と呼ばれるファイトスタイルを掲げている。
プロレス黄金時代は個人で運営しているサイトでやんす。カンリニンの独断と偏見で選んだプロレスラーの似顔絵を掲載しており、掲載されている似顔絵は全て当サイトのオリジナルです。
肖像権は各レスラーにあり、似顔絵の著作権は当サイトにあります。もしも問題があると思われる似顔絵が掲載されている場合、ご意見、ご質問はお問い合わせよりお願いいたします。
各レスラーの経歴は、一部ウィキペディアから引用、参照させていただいています。当サイト内の掲載情報をご利用された際に発生した、いかなる損害・トラブルについても、一切の責任を負いかねますのでご容赦ください。